2017年5月4日木曜日

空はうららに

今年の主イエス・キリストの復活祭(イースター)は4月16日でした。
それから40日間、5月25日に昇天されるまで、弟子たちに、その復活の姿を現されたことが聖書には書かれています。

そのことは福音書やパウロの書簡に書かれている歴史的事実です。
だが、聖書には次のことも書かれているのです。すなわち

そして、イエスにお会いしたとき、彼らは礼拝した。しかし、ある者は疑った。(マタイの福音書 28章17節)

ところが、彼らは、イエスが生きておられ、お姿をよく見た、と聞いても、それを信じようとはしなかった。(マルコの福音書16章11節)

ところが使徒たちにはこの話はたわごとと思われたので、彼らは女たちを信用しなかった。(ルカの福音書 24章11節)

彼らは驚き恐れて、霊を見ているのだと思った。(ルカの福音書 24章37節)

「私は、その手に釘の跡を見、私の指を釘のところに差し入れ、また私の手をそのわきに差し入れてみなければ、決して信じません」(ヨハネの福音書20章25節)

イエスは言われた。「ああ、愚かな人たち。預言者たちの言ったすべてを信じない、心の鈍い人たち。」

その時、あなたは主イエスが弟子たちに何を指し示したと思われますか?

 イエスは、モーセおよびすべての預言者から始めて、聖書全体の中で、ご自分について書いてある事がらを彼らに説き明かされた。(ルカの福音書 24章27節)

そこで、イエスは、聖書を悟らせるために彼らの心を開いて、(ルカの福音書 24章45節)

と書かれています。聖書の中にこそ、主の復活のいのちが隠されているのです
主の言葉はこうです。「見ずに信じる者は幸いです。」(ヨハネの福音書 20章29節)

神の聖霊に導かれ、聖書からイエス・キリストの復活を信じることができる者は幸いです。
その人の人生には、神からいただく義の栄冠が待ち受けていることでしょう。
その人は、この世界に生を受けた意味を理解し、生きる目的を達成した人生の完成者です

その人の人生は
水の涸れた砂漠のような人生に花が咲き
人生の荒れ地に歩む道は水の湧く所となり、いのちの水の川が流れ出すでしょう

空はうららに 風はそよぎ 嵐は失せて かすみ立ちぬ
こずえの緑 色を増して 喜びの声 四方(よも)に聞こゆ

花、引き連れて 春は来たり 住みか定めつ 野辺に里に
すみれあらわれ 桃は笑い 山吹なびき 小百合(さゆり)、薫る

ひばりよ高く 雲間に舞え 小川よ清く 岸に歌え
わがイェス君は 失せしならで 在りしさまにて よみがえりぬ

山よ讃(たた)えよ きみの御名を 谷も泉も 丘も踊れ
見よ、きみは活(い)く 失せし、きみは 救いの主と よみがえりぬ

澄み切った青空をバックに、京都、蹴上浄水場の4600本のつつじが、主の復活を喜び祝うように見事に咲き誇っていました。喜びの季節を少しだけおすそ分けです。

蹴上浄水場01

蹴上浄水場02

蹴上浄水場03

蹴上浄水場04

蹴上浄水場05

蹴上浄水場06

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