2017年2月8日水曜日

幸いな人

わが子よ。もしあなたが、
私のことばを受け入れ、
私の命令をあなたのうちにたくわえ、

あなたの耳を知恵に傾け、
あなたの心を英知に向けるなら、

もしあなたが悟りを呼び求め、
英知を求めて声をあげ、

銀のように、これを捜し、
隠された宝のように、これを探り出すなら、

そのとき、あなたは、主を恐れることを悟り、
神の知識を見いだそう。(神を知ることに到達するであろう)
(旧約聖書 箴言 2章1節~5節)

「神を知ること(恐れること)は知識の初めである。」と別の箇所にも書いてあるが、神を知ることがすなわち「己」を知ることなのだと思う。

自分が何者なのか。今までの人生で何を行ってきたのかを知ることは、神を知ることに到達するだだ一つの道だと私は思う。

人は何故、神を知ろうとしないのだろうか?
荒唐無稽な質問だと、ある人は高笑いする質問かも知れない。

しかしそのくせ巷では、テレビのスイッチをONにした途端、朝から『何とか占い』とか『今日の運勢』とかが耳に飛び込んでくる。

やはり、自分ではどうしようもない見えない存在があると言う事は『神なんかいない』と言っている人でさえ本当はその存在に対して、心の奥底で多少の不安を感じつつ暮らしているからなのだと思う。

神の御子「イエス・キリスト」がこの世に来られた2000年前、あれほど神に対して熱心で、誰よりも神を知っていると豪語した宗教指導者たちでさえ、キリストを否定したのだ。

神を神として認めない人間がどのような状態になるのかを、使徒パウロはこのように鋭く分析、指摘して見せた。

(ローマ人への手紙 1章28節~32節)【私訳】

あなたは、幸いな人になりたいでしょうか?
幸いを得たいと熱望しているあなた。今すぐ「聖書」を入手してその中に書いてあることを確認してください。

神の知恵なる「イエス・キリスト」を知ることは、「己」を知ることであり、また人生の知恵・知識を得るスタートなのだと確信されるでしょう。

幸いなことよ。知恵を見いだす人、
英知をいただく人は。

それの儲けは銀の儲けにまさり、
その収穫は黄金にまさるからだ。

知恵は真珠よりも尊く、
あなたの望むどんなものも、これとは比べられない。

その右の手には長寿があり、
その左の手には富と誉れがある。

その道は楽しい道であり、
その通り道はみな平安である。

知恵は、これを堅く握る者には
いのちの木である。
これをつかんでいる者は幸いである。(旧約聖書 箴言 3章13節~18節)
雑踏の中で

0 件のコメント:

コメントを投稿