2017年2月6日月曜日

救いは神と小羊による

※ 以下をクリックすれば、2月5日の礼拝メッセージを読むことが出来ます

「2017年2月5日主日礼拝メッセージ」
ヨハネ福音書に聞く 第88回
十字架をどのように見るのか②

今年もすでに二月。
体調を崩したり、雑事多しで聖書と向き合う時間が思うように取れていない。

聖書は人を罪から離し、罪は人を聖書から離す


とは、よく言われることだが本当にそう思う。


御言葉を聞くだけで行わない者がいれば、その人は生まれつきの顔を鏡に映して眺める人に似ています。

鏡に映った自分の姿を眺めても、立ち去ると、それがどのようであったか、すぐに忘れてしまいます。(ヤコブ書 1章23節~24節)

とのみことばがあるが、瞬時に古い自分に引き戻され、言動・行動のすべてが光から遠ざかってしまっている姿を見ることになる。お恥ずかしい哉である。


今年は、「ヨハネの黙示録」の私訳に取り組みたいと思ってスタートしているが、いまだ8章に入ったばかり、遅々として進まない。頭の固さ・能力のなさを痛感する。いや、それ以上に主を前に置いていないのだ。


ギリシア語では「神の御前」の御前には「エノーピオン」という言葉が使われている。新約聖書にはこの単語が94回使われているが、その内の実に35回もが、ヨハネの黙示録で使われている。


キリスト信仰最大の苦難と迫害の時代に生きたこの時代の信仰者にとって、神を前に置くことなしには一日たりともキリストのみことばに従って行く忍耐を維持することは出来なかったのだろう。

それは今でも同じである。

小羊が、第五の封印を開けた時、神のことばと彼らが守り続けた証しの故に殺されてしまった者たちの魂(いのち)を私は祭壇の下に見た。

すると彼らは大きな声で叫んでこう言った。「真実で聖なる主よ。いつまで裁きを下さず、この地上に住む者たちによって流される私たちの血の復讐をしないのですか?」
すると、彼らの一人一人に、輝く純白の衣《上流階級が着たゆるい長い衣》が授けられて、自分たちと同じように、『まさに殺されようとしている彼らの兄弟たち、また仲間の奴隷たちの数が満ちるまで、なおしばらくの間休息し続けるように』と、彼らに告げられた。(黙示録 6章9節~11節)【私訳】

表面上、世の中が私たちに目に見える迫害をしなくとも、抗うことも出来ないこの時代の強力な空気(エアー)・価値観・判断原理の前には、聖書という神のみことばの鏡をいつもいつも前に置いて自分の救いの真実の顔を見ることなしには、この道を忍耐して行くことは出来ないのだ。常にこの世の信仰へと落ちて行く危険性をはらんでいるのだ。

また、地上の王たち、高官たち、千人隊長たち、金持ちたち、強者たち、さらに奴隷たちや自由人たちも、自分自身を洞穴(岩穴)や、山々の岩の間に隠し、

山々と岩に向かって言い続けた。「我々の上に倒れかかって、王座に座しているお方と小羊の怒りから、我々をかくまってくれ。」(黙示録 6章15節~16節)【私訳】

この世の信仰へと落ちて行く者には、これらの者たちと同じように、目には絶対不動のように見える時の権力・金力にしがみつく以外にはないのだ。それ以外に平安を得る方法が見つからないし、また知ろうともしないからだ。


本当の救いはどこから来るのか?


答えはここにある。その宝を見つけるべく私は今、翻訳中です。こうご期待。


これらの事の後、私が見ると、何と!あらゆる国民、民族、民衆、国語の中から、
誰も数えることが出来ないほどのおびただしい群衆が輝く純白の長衣を身にまとい、その両手にナツメヤシの枝を持って王座と小羊の御前に立って、
大きな声で叫んで言った。「この救いは、王座に座している私たちの神と小羊による。」

また、すべての御使いたちは、王座と長老たち、四つの生き物(獣)を取り巻いて立っていたが、王座におられるお方の御前にひれ伏して、神を礼拝して、

言った。「アーメン。賛美、栄光、知恵、感謝、栄誉、力、勢いが永遠に至るまで私たちの神にありますように。アーメン。」

すると長老の内の一人が、私に質問して言った。「これらの光り輝く純白の長衣を着せられた者たちは一体誰か? また、彼らはどこからやってきたのか?」


そこで私はその長老に言った。「私の主よ。あなたが知っておられます。」すると長老は私に言った。「この人たちは、激しい苦難(迫害)の中から帰って来た人たちで、自分たちの長衣を小羊の血で洗って白くしたのである。」

この故に彼らは、神の王座の御前にいて、昼も夜もその神殿(聖所)で神に仕える。(を礼拝する)
こうして王座に座しておられるお方が、彼らの上に幕屋を張ることになる。
彼らはもはや、飢えることも渇くこともなく、太陽もどのような暑さも彼らの上に落ちかかるようなことはない。

なぜなら、王座の中央におられる小羊が、彼らの牧者となり

彼らをいのちの水の源へと導き、
また、神御自身が、彼らの目から出る涙をぬぐい去って下さることになるからである。」(黙示録 7章9節~17節)【私訳】

ハレルヤ!

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