2017年2月20日月曜日

認知症と老老介護

80歳を目前に控えた義父が数年前から認知症を発症している。
初期のうちはまだ名前を思い出さないなどの軽い状態であったが、最近は、今聞いたりしていたことを覚えていることが出来ずに、何度も繰り返し確認しているので、物事を頼むこともできない。

老いた妻はそのたびに何度も同じことに返事をしなければならない。
いい加減に嫌になっているようであるが、夫のことであり、我慢して返事を繰り返している。

父は過去のことはよく覚えているので、親しい友などとの昔話はできるのだが、今のこととなるとすぐ忘れてしまうので、何度も同じ質問が繰り返されることとなる。

体は丈夫なので歩いたりすることは可能なのだが、外に出たがらず、椅子に座ったままテレビをつけながら、日がな一日を過ごしている。

しかし、妻の姿が見えないと不安になるらしく、おぼつかない足で妻を探しに出かけ、自分の家がわからなくなるので、近隣の人が探してくれている。

そうであるから、妻も迂闊に外に出られず、好きな畑仕事もじっくりとできないため、少し苛立っているようである。

妻は昔からO脚で膝を痛めており、ペンギンのような歩き方で畑仕事をこなしてきた。
驚くべき忍耐強さであると感心しながら少しでも手伝えないかとできることは協力をしてきた。

しかし、先月の終わりに足が痛いと訴えきたので、少し離れている診療所で診てもらったところ、最初の医師の判断では骨折はないということであった。

ところが、痛みは酷くなってきたので再び実家に帰り、別の診療所に行き診察してもらったところ、CT画像にはっきりと骨折が見てとれた。
それで、動くこともままならず、と言って夫は平気であれやこれやと頼んでくる状態である。

このままでは、どちらの生活もままならないので、兄弟が話し合ってとりあえず父をデイケア-サービスにお願いするが、二人とも要支援1との判定なのであまり介護ヘルパ-を頼めない現実である。

しかし、母が動けないこともあり、先日からとりあえず一週間ほどのショ-トステイに父を頼み、その間にどうするかを話し合っている。
一番心配しているのは妻である母だが、自分のせいでこのようになってしまったと自分を責める毎日である。

それに、父がおとなしく施設にいられるか、帰りたいを繰り返さないかという心配、そのために何かあれば連れ戻せるように子供も待機する状態である。
子供たちは三人とも近くにはいないので当分は交代で母をサポ-トすることとし、将来的には父を施設に入れることも考えている。

父と母のどちらかが自由に動ける状態で認知症などがなければ問題ないのだが、どちらも動けない状態に置かれたときにどうするのかを考えさせられた出来事である。
幸い父は自宅に帰るなどと言ってないようだが、もう少し様子を見ないとわからない。

このような困難な状況に置かれ、あれこれ思案にあけくれていた日々であるが、主はみてくれていたのであろう、ショ-トステイで家族を困らせることなくスム-ズに運んでくださったことに、ただ感謝しかない。

-------------------------------------------------------
管理人です。投稿をご紹介しました。

あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配してくださるからです。(第一ペテロ 5章7節)

慰めに満ちた神が、日々の忍耐の歩みの中にも平安を与え続けて下さいますようにと祈ります。

0 件のコメント:

コメントを投稿