2017年2月2日木曜日

みことばに静まる

また風邪を引いてしまった。
リタイアしてからというものとんと弱くなってしまった。
教会奉仕にかこつけて、運動不足のせいもあるのだと思う。

何せ私の性分は、☆一徹・飛雄馬親子の如く、一直線ですから(^_^;)
思い込んだら他が見えなくなるんですね。それでよく衝突を起こします。

救われても一向に直りません。

微熱で頭がぼーっとなって、何も考えられません思考停止です。

こんな時は、みことばに静まるのが一番ですね。

詩篇138篇が目にとまりました。慰めに満ちた神のみことば
風邪には一番の鎮静剤のようです。

詩篇 138篇【抜粋・新改訳】

138:2 私はあなたの聖なる宮に向かってひれ伏し、
   あなたの恵みとまことを
   あなたの御名に感謝します。
   あなたは、ご自分のすべての御名のゆえに、
   あなたのみことばを高く上げられたからです。

138:3 私が呼んだその日に、
   あなたは私に答え、
   私のたましいに力を与えて強くされました。

138:6 まことに、主は高くあられるが、
   低い者を顧みてくださいます。
   しかし、高ぶる者を遠くから見抜かれます。

138:7 私が苦しみの中を歩いても、
   あなたは私を生かしてくださいます。

138:8 主は私にかかわるすべてのことを、
   成し遂げてくださいます。
   主よ。あなたの恵みはとこしえにあります。
   あなたの御手のわざを捨てないでください。

十字架に至る従順さの故に、みことばなる主キリストは、高く高く上げられました。

キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、
かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、
へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。
このため、神はキリストを高く上げ、あらゆる名にまさる名をお与えになりました。(ピリピ2・6~9)

神は天地創造の超越者でありながら、地の底にへばりついたこんな私にさえも目を止め顧みて下さる。
キリストの神の他に、一体だれがこんな私を顧みてくれるでしょうか。渋谷交差点の人の群れに紛れ込んだかのような者に。

私にとって、よいことも、悪いことも、かかわるすべてのことについて、御国に至るまでの私のいのちの日を完成して下さるお方。
このお方を信頼せずして一体誰に信頼すればいいのだろうか?どこかの国の大統領か、はたまた国家主席か?

まことに、私のいのちの日の限り、いつくしみと
恵みとが、私を追って来るでしょう。
私は、いつまでも、主の家に住まいましょう。(詩篇 23篇6節)
高松・栗林公園

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