2017年1月22日日曜日

止揚学園を訪問して

こんばんは。管理人です。
今夜も、昨日に引き続き「止揚学園」訪問の件に関して、教会の兄弟姉妹から投稿がありましたので、管理人により書き込みさせていただきます。


止揚学園を訪問して

学園を訪問させていただいた。
ご存知の方もおられるだろうが、重度の知能障がい児を預かっている施設でした。

あえて過去形で書いたのは、入園当時は子供であったのが今は成人となっているからである。
「止揚」という言葉は「aufheben・アウフヘ-ベン」というドイツ語を翻訳したものだそうですが、辞書で調べてみると、持ち上げる、助け上げる、という意味があります。

しかしそれだけではなく、哲学用語で、二つの異なるものが激しくぶつかり合って融合しあってこそ新しいものを作り上げられるという意味を込められたそうである。

また、旧館の玄関には「見えるものにではなく、見えないものを」と刻まれています。

使徒パウロが書いた「コリント人への手紙第二 4章18節」に、この聖句が掲げられていますが、『表面的なことを見ずに、その見えないことに目を留めなければいけない。』それを入所されている方々から学び取られているのだと感じました。

私自身も改めてイエス様のことを思い起こさせてくださいました。
彼らや彼女たちと共にお昼をいただいたが、果たして受け入れてもらえるのだろうか思っていましたが、明るく暖かく接してくださったことに感謝します。

また、施設で働いておられる皆様も、心を込めて明るく誠実に奉仕されていることに感動しました。

そして別れの時にも「また来てね」と声をかけてくださり、握手をさせていただきましたが、暖かい手でした。

職員の方も一人々が重い責任を負われていることは間違いありません。
どうか、皆さまの健康が守られ、困難な中にも平安がありますように。

コリント人への手紙第二 4章18節【私訳】
目を注ぐ

0 件のコメント:

コメントを投稿