2017年1月21日土曜日

本当の豊かさ

20日の金曜日、牧師以下7名で、滋賀県東近江市佐野町にある重度障がいの仲間が暮らす「止揚学園」を訪問させていただいた。

現在入所者が38名、職員38名で運営しておられる、知能に重い障がいをもつ仲間たちの支援施設である。
管理人は初めての訪問であったが、訪問するに値するすばらしい施設であった。

施設の建物は、生活の場のすべての施設がぴかぴかに磨き上げられており、床も柱も浴室、トイレ洗面所などのも水回りも、清潔そのもの、整理整頓も考えられないくらい整えられていた。

入所者と職員さんたちの日常の暮らしぶりが、どのような心と思いの中でなされておられるのか、見学させていただいて、その事を見ただけ理解できた。

そして、私は思った。『しまった、うちの奥さんを一緒に連れてくるんだった(^^ゞ』「これが、掃除、これが整頓です!」と言ってやりたかった。

なんせ、わが家の主は、『じべたりあん』(床の上に所狭しと物を置いても全く気にならないタイプ)ですから。
本人曰く「死なへんやン。仕舞い忘れへんし、すぐに見つかるし、食品も腐る前にわかるしぃ~」と至って、健全・健康的?な生活です(^_^;)

施設見学をさせていただいた後、園の仲間や職員の皆様一同と共に昼食会に参加させていただいた。

本日は、この地域の名物鍋料理「とり野菜みそ鍋」でした。
施設のみなさん方のこぼれるほど豊かないのちの交わりの温かさの中でいただく鍋は、それはそれはおいしくて、つい食べ過ぎてしまいました。反省_(._.)_

食後、止揚学園の 福井 生(いくる)園長」さんと、歓談させていただいた。
その中で、園長がこのような話しをされた。

『ある時、園の畑でいも掘りをした時のこと。すばらしい芋が出来ていると思い、わくわくして園生らと一緒にいもを掘ってみたところ、何と、その年はモグラの食害がひどく、ほとんどの芋が被害を受けてしまっていた。私たちは期待していただけにガックリとしてしまったのですが、僅かに残った芋を見て、園のあるお友達が言いいました。「よかったねぇ。神さまとモグラさんは、ぼくたちにも分けてくれたんだね。」って。』

その時私は、はっと気づかされました。本当の豊かさとは、このような発想ができることなんだと。

地域の人でさえ言うそうです。「こんなしょう(止揚)もない施設を造ってどうするのか」と

この俺様は、こんな輩とは違って、誰の世話にもならず自分の力でまっとうに生きてるんだ。こいつらとは違って、俺様は幸せで豊かな暮らしを自分の力で切り開いてきたんだ。

この世の価値観で言うところの五体満足、暮らしの充足が整えば、人間は本当に豊かなのか。
私たちは神から、『真の豊かさ』とは何なのか、を絶えず問われているのです。

自分の充足ではなく、自分以外の充足に心の目を向けることが出来るか。

ギリシア語で「キノニア」と言うことばがあります。
日本語の意味は『神という一つの源から分かち合って受け、また与え、共に同じ一つのいのちに生かされ結ばれていることを体験する相互の交わり』である。

聖書が言う真の豊かさとはこのことであり、このことこそが人を真の豊かさにまで引き上げることなんだと改めて思い知らされた一日でした。感謝

(新約聖書「テサロニケ人への手紙第一」 3章12節
どうか、主があなたがたを、お互いの愛とすべての人への愛とで、豊かに満ちあふれさせてくださいますように、わたしたちがあなたがたを愛しているように。

(新約聖書「ピリピ人への手紙」1章9節~10節)
わたしは、こう祈ります。知る力と見抜く力とを身に着けて、あなたがたの愛がますます豊かになり、本当に重要なことを見分けられるように。
中之島バラ園にて

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