2017年1月1日日曜日

年頭(主日)礼拝

今年は元旦が日曜日と重なった事から、礼拝出席者は普段よりも少なかった。
正月といえども、私たちの現実の世界は、普段と変わらず、深い闇の中につつまれたままである。
どこに正義があるのか、どこに公平があるのか、どこに真の平安があるのか、探せど見つからないままである。

正月を迎えても苦難の中にある方、病の中にある方、試練の中にある方、社会的不条理の只中にある方を覚え、管理人も平安あれと祈らずにはおられない。

どうか目前の苦難だけに目を向けることなく、その先にある希望、その希望を御自身の十字架によって勝ち取って下さったお方を拝して、まだ見ぬ永遠の彼方へと飛翔していただきたいと切に祈ります。
(ヨハネの福音書16章33節)

心に迫る自由律俳句を世に残した俳人に「尾崎放哉(おざきほうさい)」がいるが、彼の作品の中に
「咳をしてもひとり」と言う俳句がある。

社会の不条理の闇の中でもがき苦しんだ放哉であるが、キリストの信仰に生きる者は、例えどのような闇に覆われたとしても、苦難を共にして下さる、いや、すでに経験してくださって勝利して下さった主がおられる。どんな暗闇に覆われたとしても、キリストの一条の光が天から注がれている。

世の終わりまで共にいて下さる主に信頼して、今日も明日も前へ前進して行きましょう。
ハレルヤ!

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